お千度の儀とは — 祇園祭で最初に行われる神事

祇園祭というと、多くの人が7月17日の山鉾巡行や、その数日前の宵山の賑わいを思い浮かべます。しかし祭りそのものは、それより2週間以上前、7月1日の朝、八坂神社の中ですでに始まっています。

この日、お稚児さんと言われる10歳前後の選ばれた男の子が八坂神社の本殿の周りを3周して祈ります。山鉾も囃子もまだありませんが、稚児(ちご)・禿(かむろ)の両親や親族、町内役員がゾロゾロと付き添い、見学する参拝者の姿も少なくありません。これが長刀鉾(なぎなたほこ)の「お千度の儀」です。今年もこの祇園祭最初の儀式を見学してきました。本稿では、長刀鉾のお千度の儀、その背景にある京都の「お千度」という古くからの風習について紹介します。

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祇園祭とお千度の儀の位置づけ

祇園祭は八坂神社の祭礼で、7月の1ヶ月間にわたって行われます。もっとも知られているのは、7月17日(前祭)と24日(後祭)の山鉾巡行ですが、その巡行で常に先頭を務めるのが長刀鉾です。

先頭を務める理由は象徴的なものではなく実務的なものです。巡行が始まってすぐに神域の結界として張られた注連縄を切り、他の山鉾が進めるようにする役目があり、これを担うのが長刀鉾に乗る生身の稚児です。祇園祭の数ある山鉾の中で、今でも人形ではなく実際の子どもが乗るのは長刀鉾だけです。

7月1日は、その年の稚児が初めて公式な場に姿を見せる日であり、同時に長刀鉾町が稚児・禿に選ばれた子どもたちを八坂神社の神前に報告し、祭事期間中の神事の無事を祈願する日でもあります。これが「お千度の儀」です。

稚児・禿とは何か

長刀鉾の稚児は、例年8〜10歳前後の男子から選ばれます。かつては長刀鉾町内から選ばれることが多かったようですが、近年は京都市内から選ばれることもあります。稚児が決まると、6月中の大安の日に結納の儀が行われ、形式上、稚児は長刀鉾町の養子として迎えられます。稚児を補佐する役として、2名の禿も同時に選ばれます。

7月13日には「長刀鉾稚児社参」という別の儀式が行われ、この日をもって稚児は正五位少将という位を授かり、神の使いとされます。それ以降、稚児は地面に足をつけることを許されず、強力(ごうりき)と呼ばれる男性に担がれて移動します。

一方、7月1日の時点では、稚児はまだ神の使いにはなっていません。この日の衣装は「涼み衣裳」と呼ばれる羽織袴姿で、自分の足で歩きます。祭りの期間中、稚児が自分の足で歩く姿を見られる、数少ない機会のひとつです。

お千度とは何か — 祇園祭に限らない京都の風習

「お千度」(御千度参り)は、本来、祇園祭に限った行事ではありません。京都では古くから、各町内が氏神(その地域を守る神社の神)に参拝し、町内安全を祈願する風習として広く行われてきました。

言葉の由来はそのまま「千度」、すなわち千回です。かつては拝殿の周りを千回、あるいは境内の決まった距離を千回往復して祈願するものでしたが、実際に一人で千回歩くわけではありません。町内の参加者全員で回数を分担します。たとえば50人が参加し、一人あたり20周すれば、合計で千周になる、という考え方です。神社によっては、周回のたびに竹串や木札を一本ずつ納める形で回数を数える仕組みも残っています。

この風習は、単なる年中行事というより、疫病流行時の祈願と結びついた歴史を持っています。八坂神社の説明によれば、その起源は疫病が流行した際に「千度詣り」を行った故事にあるとされ、安政5年(1858年)のコレラ流行時にも、氏子町を挙げての千度詣りが行われた記録が残っています。現在も京都市内のいくつかの町内では、春や秋にそれぞれの氏神神社へのお千度参りを、祇園祭とは無関係に続けています。

長刀鉾町のお千度の儀は、この古くからの風習を、稚児の選出報告という祇園祭特有の目的に当てはめたものと言えそうです。規模を縮小した簡易版というより、同じ信仰の形を祇園祭という文脈に持ち込んだもの、と捉えるのが近いかもしれません。

お千度の儀は見学できる?

お千度の儀は八坂神社の境内で見学することが出来ます。
儀式は午前10時に始まります。稚児と2名の禿は、その両親や親族、稚児係をはじめとする長刀鉾町の役員らとともに八坂神社の南楼門から境内に入り、本殿へと向かいます。

このとき、稚児と手をつなぐ際には、素手で触れることが許されません。付き添う役員や家族は、白い布越しに稚児の手を引きます。稚児の頭上には朱色の大きな傘が差し掛けられます。

本殿では、神職によるお祓いと祝詞奏上が行われ、稚児・禿に選ばれたことの報告と、祭事期間中の無事祈願がなされます。その後、参列者は本殿の周りを時計回りに3周します。1周ごとに2箇所、正面と、本殿裏手にある「北拝礼所」で拝礼を行います。3周×2箇所で、合計6回の拝礼となります。この周回と拝礼の回数、そして参列する人数を合わせて、伝統的に「千度参拝した」とみなされます。

本殿の中での儀式は見学できませんが、本殿を3周するところは見学できます。
ただお稚児さん一行の邪魔にならないよう八坂神社の職員の指示に従ってください。
予想以上に間近でお稚児さんや禿さんを見られるのもこの神事の魅力のひとつでもあります。

なぜこの日は見落とされやすいのか

祇園祭の中で観光的な注目が集まるのは、宵山と山鉾巡行が行われる7月14日から17日にかけてです。ガイドブックやメディアもこの期間に集中する傾向があり、7月1日について取り上げられることは少ないようです。理由の一つは単純に、視覚的な見どころが少ないことですが、もう一つは、祇園祭自体が7月1日始まっていることを知らない人が多いからではないでしょうか。

おわりに

お千度の儀は、誰でも無料で見学できる神事です。三周、六回の拝礼という決まった形を踏むことで、祭事期間中の無事を祈願する千度参りとして成立します。

この儀式には、細かな作法がいくつも伴います。稚児と手をつなぐ際に白い布を挟むのも、単なる形式ではなく、神聖な存在とされる稚児に素手で触れることが穢れ(けがれ)につながると考えられているためです。ひとつひとつの所作に、それを行う理由がある。この感覚は、能や茶道の型にも通じるところがあります。決まった通りに行うこと自体に意味があるのではなく、その背景にある理由を省略しないことが、型を型たらしめているのではないでしょうか。

筆者は京都で20年近く、こうした神事や年中行事を撮影・記録してきました。現在はBASE KYOTOとして、能・狂言、茶道、和菓子作り、坐禅といった文化体験を、現役の能楽師や師範の指導のもと、完全プライベートでご案内しています。祇園祭の中に息づくこうした伝統芸能の背景を、実際の体験を通じてより深く知りたい方は、お気軽にお問い合わせください。

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